=マリアナ海溝を突破せよ=
この物語は2人の命知らずの壮絶でオバカな物語である。
(プロジェクト
X風、ノンフィクション。)


1 序章

2001年4月7日午前930分、男は空の上にいた。男の名は和地 靖充(ワチ ヤスミチ)当時33歳。独身。
NW3805便 定員30名のプロペラ機Shorts-SD3-60に乗り込みロタからグアムへ片道30分の海外旅行。これが休暇ならのんびりと文庫本など読みながらもショッピングや今夜の食事に心弾ませ、日頃の疲れとストレスが少しずつ癒されていくことを感じていたことだろう。しかしその日の男は眼下に広がる大海原を一心に見つめていた。

「今回で3度目の挑戦になる。もう失敗は許されない。」

グアムで待つもう1人の男にも期する所があったのだろう。もう1人の男の名は中村 正人(ナカムラ マサト)当時31歳。プロレス好き。
グアム空港の到着ゲートを出ると、前日からグアムで準備をしていた中村がめずらしく時間通りに待ち構えていた。

『どうですか、海は?』中村が矢継ぎ早に訪ねた。

『あまり、良くはありません。』男は首を振りながら曇りがちな表情で答えた。

『じゃあ、できるだけ早く出たほうがよさそうですね。』

『ええ。』

男達はロタの海を案内するダイビングショップを運営していたが、増え続けるダイバーへの対応にはどうしても4月末までに新たな船が必要になっていた。その新艇をグアムからロタへ移動する為、ボートクルーとして男は今日グアムに来たのだ。その年の冬は季節風の影響が遅くまで残り、2月と3月に行われた過去2回の挑戦はいずれも失敗に終わっている。おそらく今回が残された最後のチャンスだった。

過去2回の挑戦に男は参加していない。守るべき家庭があった訳ではないが、仕事のスケジュール上、どうしても抜け出す事ができなかったのだ。過去2回の挑戦に参加した地元ロタのローカルスタッフは今回参加できないとの事だった。忙しいとの理由ではあったが、過去2回の挑戦で怖気づいてしまっていたのだ。そのため男がスケジュールを合わせ急遽参加する事になったが、早朝便での移動となった。

男達は出航を決意し足早に食料と飲料の調達に向かった。
水とサンドイッチにチョコレートなど。人生最後の食事としてはあまりにも寂し過ぎた。それらは、時化の海にあまり意味のないものと思えたが、ないよりはましだった。精神安定剤の代わりにと、大量に買い込んだ。

荷物を抱え港に移動し出航の準備を整えると時刻は11:00に差し掛かっていた。わずか1時間のグアム滞在とは、なんて短い海外旅行だ。男はそう思った。


              2 出航

ガソリンを多めに積み込み男達は11:00過ぎに出航した。

港のチャネルを出ると、湾内とはいえ、にわかに波が高くなってきた。湾内でさえこれだけの波があると言う事は外洋に出ればそれなりの波が立っていることは容易に想像出来たが男達は終始無言だった。口を開けば弱音が出てしまうことは2人とも分かっていたのだ。男は後日にこう語った。

「引き返すことも勇気だったのかも知れない。」と。

グアム西海岸のリーフ沿いを北上してグアムを離れるまでに約1時間を要し、いよいよグアムを離れかけた瞬間から突然と男達の視線の2倍をも越える大波が押し寄せるようになった。「この波が潰れたら船は沈む!」そんな大波を何度か奇跡的に乗り越え2時間あまりが過ぎると後方のグアムも、前方に見えるはずのロタも、辺り一面何も見えず、大時化の大海の中に男達だけが取り残された。

大海原に何も見えない世界。これが大型客船ならば360度の景色に感動する事も出来ただろう。しかし、今男達が乗り込んでいる船はわずか23フィートの小型ボート、GPSもない、あるのは安物のハンディー無線とコンパスだけなのだ。恐怖の中で自分を見失えば生きて帰る事は出来ないだろう。そう思った。自分を信じ、激しく揺れ動くコンパスを見極め、強い意志をもち続けなければならない。

それから何十分が過ぎた頃か、男は叫んだ。『あれは!』予定航路30度と思われる方角にかすかに何かが見えた気がした。雨雲でないことを祈りつつ進んでいくとやはり雨雲ではなく島のようだった。しかし地図に載っていない島もあるかもしれない。ようやく島を見つけ安堵はしたものの、次にはもし違う島だったらという不安が男達を襲う。もし違う島ならばガソリンも不足してしまうし、今日中にはロタに着けなくなってしまう。無人島ならガソリンが手に入らない。

「落ち着け。」今は冷静さを維持し続けなければならない。

男達は初めての給油と軽食を取る為に船を止めた。そしてガソリンタンクを確認し、二人は目を疑った。


3 漂流

それまで必死に荒波を乗り越えてきた為、ガソリンの事はあまり気にとめていなかったのだが、悪天候の中の走行は、思ったよりもガソリンの消費が早かった。すでに半分以上を使い切ってしまっていたようだった。時間にもガソリンにもゆとりがない。手短に給油と食事をすませて男達は出発した。方角は30度、今はコンパスを信じて進むしかなかった。

それから2時間ほどが過ぎた頃だろうか、島ははっきりと見えるようになったのだが一向に大きくなってはくれなかった。見た目以上に距離があったのだ。2回目の給油を終えた時には買い揃えたガソリンはすべてガソリンタンクに注入され残りは補助エンジン用の混合ガソリンが船の片隅に5ガロンほど残るだけとなった。明らかにガソリンは不足していた。時化の中では、補助エンジンで進む事は出来ない。

『補助エンジン用の混合ガスも入れますか?』男は尋ねた。

『限界まで待ちましょう。』

無線が届く距離になるまではメインエンジンに負担を掛ける事は出来なかった。

やがて島が目と鼻の先に近づいた頃、2回目に給油したガソリンも底を尽きかけた。

「もう、入れるしか帰る方法はない。」

男達は残り約20リットルの混合ガスを投入せざるをえなくなった。

「無事に動いてくれ。」男達に出来る事は祈ることだけだった。

そして島は瞬く間に大きくなっていった。

「間違いない、ハルノン岬だ。」確信だった。

『こちらIRIE(アイリー)-U、こちらIRIE-U、感度ありますか。応答願います。』

男は中村のとなりで無意識のうちに小型無線へ叫んだ。従来所有していた船の名はIRIE-T、その時以来この新艇はIRIE-Uと名づけられた。

『こち、、ら、、、、、感度、、どうぞ、、。』小型無線にダイビングショップから

かすかだが応答が届いた。スタッフの癸生川 真幸だった。
男達は急いだ。日没までに時間がない。この時化では夜の運転は危険すぎる。やがてボートはハルノン岬にたどり着く。ここから西の港まではあともう少しだ。男達はガソリンタンクに何度も目を向けたが、もう既に底を尽いているようにさえ見えた。

「この位置からは無線が届かない。もう少しだ、必ずたどり着け。頼む。」

その時だった。悲しい音をたて突如としてエンジンが止まった。

ガソリンはもう既に無かった。気合と祈りではエンジンは動かなかったのだ。

              4 誓い

男達は顔を見合わせた。「無線が届かない。」絶望の淵に叩き落された。ハルノン岬は断崖絶壁。船が止まった岬の西側からはショップへ無線が届かない。「やっとここまで来たのに。」男達は歯軋りをして悔しがった。

その時、波間に見え隠れする1艇の小さな船がうなだれる男達の目に入った。

「こんな時化に船が。」

男達は全身疲れ切っていたが渾身の力を込め、両手を振った。やがて小船は男達の存在に気付き近づいてきた。地元の漁師だった。「助かった。」もし彼らが予備のガソリンを持っていなくても牽引はしてくれることだろう。男は悪運の強さに苦笑いしながら、そう思った。幸運な事に彼らは当時、男達のダイビングショップに非常勤として働いていたウエス親子だったのだ。

「こんな日に船を出すとは、知らぬあいだにバカが伝染っていたのだろう。」

『ウエス!ガソリンが無いんだ!!予備はあるか?』男は大声で叫んだ。

『オー、ナイスボート、ユー、バイ?』ウエスは満面の笑みを湛え答えた。

Yes and No!!』男は語気を荒げ、質問を無視して答えを求めた。

Oh. Yes ,Yes. ウエスは男達が6時間以上かけて荒波を乗り越えて来た為に精神が崩壊寸前にあることなど知る由も無かったのだ。
男達はウエス親子から予備のガソリンを奪い取ると急ぎガソリンタンクへと注いだ。
5ガロン、約20リットル、今の男達には十分すぎる程の量だった。再びエンジンが勢い良く息を吹き返した瞬間、男達に恐れるものはもう何も無かった。

そしてその夜、男は酒に酔う事が出来ないほどの覚醒状態の中で、心に固く誓い、強く叫んだ。

「いくら金を積まれても、もう絶対に乗らない!!」と。

その後IRIE-Uは2002年12月8日の超大型台風の被害により大破したが、執念の修復作業により、2003年11月に奇跡の復活を遂げた。2005年4月、4周年を迎えた今も、荒波を乗り越えオバカ達と走り続けている。

APR 07 2005
相棒4周年の記念日に
Wachi Yasumichi